身体科におけるうつスクリーニング検査&研修・臨床研究ソフト 身体疾患患者精神的支援ストラテジー

婦人科疾患領域

日本女性心身医学会理事 牧野クリニック診療部長
牧野 真理子

■女性のライフサイクルとしての医療

女性が一生の間にうつ病に罹患する確率は男性の 2 倍といわれていま す。その理由としてホルモン分泌などの生物学的要因、女性に期待され る役割などの社会的経済的要因、社会心理的なストレスにさらされるな どの精神的要因があげられ、これらの要因が複雑に絡み合って、女性の うつ病の発症率が高いと考えられています。

女性の中にはホルモンのバランスが崩れると、精神状態に大きな影響 を受けることがあります。また、女性ホルモンであるエストロゲン(卵 胞ホルモン)は、脳内でセロトニンやノルアドレナリンの代謝を抑制す る可能性も示唆されています。このため、エストロゲンの分泌が多くな ると、セロトニンやノルアドレナリンのバランスに影響し、抑うつ状態 になることもあります。そのため、産婦人科領域においてうつ等の精神 的支援及び精神科、心療内科との連携は重要な課題となっています。

日本では、女性の心身の健康と福祉の貢献を趣旨として 1972 年に日 本産婦人科心身医学研究会が発足、1997 年に日本女性心身医学会と名 称を改め、現在では、産婦人科医、心療内科医、精神科医を中心に、薬 剤師、助産婦、心理療法士などを含めて会員が構成され、女性のライフ サイクルを通しての心身の健康について研究がなされています。

■うつ等精神的疾患への対応が必要な女性の疾患

PMDD(Premenstrual Dysphoric Disorder : 月経前不快気分障害)

生理前には女性ホルモン産生のバランスが急速に変化し、それにと もない、女性の体調や精神状態は不安定になりやすくなります。そのた め、生理前の 1 ~ 2 週間前から抑うつ気分やイライラ、下腹痛、乳房 の痛みなどの症状がおこります。これらの症状は PMS(Premenstrual Syndrome= 月経前症候群)と呼ばれ、そのうち精神症状が前面に出て、 日常生活や対人関係に大きな障害を及ぼすようになることが PMDD です。

PMDD は、黄体期(排卵後の高温期)の月経開始前の最後の週で非 定型うつ病様の症状が出現し、月経開始後数日で寛解し始め、一般的に は月経開始後 1 週間で症状が治まります。20 代後半から 30 代半ばに多 くみられ、生理のある女性のうち、3 ~ 8% が PMDD であるという報告 もなされています。

PMDD の詳しい原因はわかっていませんが、黄体期に多く分泌される プロゲステロンやその代謝副物(アロプレグナノロンなど)がセロトニ ン分泌を低下させるのではないかと考えられています。

PMDD を放置し、慢性化すると、うつ病、パニック障害、摂食障害、 境界性人格障害などを合併する危険性が高いことが指摘されています。 また、PMDD の症状がある人は、産後うつや更年期うつになりやすいこ とも知られています。

PMDD の治療には、SSRI を用いるのが効果的です。ただし、毎日服 用するうつ病での投与法と異なり、症状が強く出る生理 1 ~ 2 週間前だ けのむのが一般的です。症状がおさまっても、半年間は服薬することが 重要とされています。また、再発率が 4 ~ 6 割といわれており、服用後 も定期的に受診し、不調の兆しがあれば早めに治療を再開することが求 められています。

産後うつ病

出産をきっかけにして発症するうつ病の一種で、多くは出産後数週間 から数ヵ月の間に発症します。出産後に急激に変化する体内のホルモン が発症に関与するほか、出産と育児による心身の疲労に加えて、周囲の サポートが受けにくい状況にあると、産後うつが発症するリスクが高く なります。また、妊娠中の経過が順調でも産後うつ病が発症するとの指 摘もなされています。

産後うつ病の発症率は、国内外を問わず 10 ~ 15% とされ、産後の発 症率でもっとも高い精神疾患です。また、産後の死亡原因の 20% を自殺 が占めており、初産女性の 5.4 ~ 15% に希死・自傷念慮がみられます。

以前に、うつ病、うつ状態、パニック障害、摂食障害などのメンタル ヘルス領域の疾患の既往歴があるかたは産後うつを発症しやすいという データがあり、特に注意が必要になります。産後うつを発症する人の半 数が、妊娠期から何らかのうつ症状があらわれる傾向があるともいわれ ています。

産後うつは、うつ病と同様に、気分がふさぎ込んだり、何をするのも 億劫になったりするほか、赤ちゃんをかわいいと思えないとか、自分が 母親として失格だと思い込むなど、自責感が目立つのが特徴です。

子どもへの愛着形成は、通常、妊娠中に子どもへの愛着が形成され、 出産後にさらに高まっていきます。それに対して抑うつ状態の妊産婦の 場合、妊娠中に愛着が形成されにくく、出産後に一時的に愛着が生まれ るものの、その後薄れてしまうといわれています。また、母親が産後う つ病の場合、とりわけ自傷傾向や希死念慮があると、養育環境が悪化し て、睡眠障害、食行動異常、言語発達遅延、愛情行動の乏しさなど、子 どもの発達に影響を与えることが懸念されます。

産後うつが発症した場合は、母親が動けなくなることによる、家庭へ の深刻な影響が心配されるため、症状が軽症なうちに受診することが推奨されています。抗うつ薬などを服用する場合、SSRI などの精神疾患 の治療薬の成分は母乳に移行しますので、粉ミルクなどの人工ミルクで 育児をすることが望まれます。

マタニティーブルー

出産直後の数日間、女性ホルモンの分泌が激変することによって、情 緒不安定になり、気分の落ちこみや無力感を感じることは、マタニティー ブルーとしてよく知られています。しかし、マタニティーブルー自体は、 独立した精神疾患ではありません。ほとんどの場合が重症化することな く、一過性で自然治癒に至ります。一般的にマタニティーブルーへの治 療は行われていませんが、なかには産後うつに移行するケースもありま す。抑うつ感や倦怠感が消えずに日常生活に支障がでるのであれば、産 後うつを疑い、精神科や心療内科を受診したほうが安心です。

更年期うつ病

女性は 30 歳頃をピークにして卵巣の機能がゆるやかに低下します。 それに伴って女性ホルモンの分泌が減少し、その結果閉経を迎えますが、 更年期とは、閉経を中心とした 10 年間をいいます。この期間に、体の いろいろな部分に不調を感じますが、これが更年期障害です。更年期障 害とうつ病は密接に関係しており、更年期障害とうつ病を併発している 人も少なくありません。

女性の更年期はうつ病を発症しやすい年代の一つです。この年代のう つ病の発病危険率は女性のほうが圧倒的に高くなっています。

更年期に発症するうつ病は 3 つに大別されます。1更年期障害があっ て、うつ病を発症したもの、2既に抑うつ状態があったが、更年期障害 の進展とともに両者が悪化したもの、3更年期にたまたまうつ病を発症 したものです。

更年期うつ病の症状で特徴的なのは、睡眠障害、食欲不振、肩がこる、頭が痛いなど、身体症状が前面に出てくるという点です。体の不調を訴 えて、病院を受診するものの改善せず、患者さん自らがネットで検索し てうつ病を疑い、心療内科を受診して、うつ病の治療をはじめるという ケースもあります。更年期障害には、身体症状のみではなく、トータル に心身両面からのアプローチが必要になります。

摂食障害

婦人科を受診する患者さんのなかでもっとも多いのが生理不順や無月 経です。通常ではホルモン注射で月経を起こすという治療が行われます。 生理不順や無月経の患者さんのなかには摂食障害の患者さんも少なくあ りません。摂食障害を起こすと、栄養不足やストレスなどで体重が減り、 体のバランスが崩れた状態になり、体に出血を起こすだけの余裕がなく なります。生理を起こさせるだけの治療だけに焦点をあてた治療にとど まると、生理はきたとしても、本来の体のバランスに戻っていないこと から、根本的な治療とはなりません。そのため、身体科の医師は、生理 不順の背景にある精神的な問題に気づく必要性が求められています。

■患者さんの予後と QOL の向上をめざして

女性特有の病気には、女性ホルモンのバランスが崩れた結果として発 症するものも少なくありません。産婦人科領域に携わる医師は、身体症 状とともに精神的なサポートもしていかなければならないと感じていま す。眠れなくなる、ご飯が食べられなくなる、長い間気分がすぐれない、 今まで楽しめたことが楽しめなくなるなどの、患者さんが発するうつ等 精神疾患のサインを見逃さずに、治療につなげていただきたいと願って います。

患者さんにうつ病の疑いが認められた場合、心療内科や精神科専門医 に紹介するのがもっとも賢明だと思います。抗うつ薬や抗不安薬の処方 はなかなか難しく、処方を誤れば、早く治るはずのうつ病も治らなくなってしまいます。副作用の発現に関しては個人差が大きく、A という患者 さんには副作用が出なくても、B という患者さんは吐き気と動悸がして 一晩中眠れないといったケースもあります。処方するためには、副作用 をしっかり把握し、患者さんにていねいに説明する必要があります。抗 うつ薬は即効性がないので、患者さんが一日のんでみたけれども効き目 がないのでのむのを止めてしまうといったことがないように、説明と配 慮も欠かせません。

現状では、産婦人科領域の医師もうつ等の精神疾患の重要性は理解し ているもののメンタルヘルスの症状に関しての治療は、積極的に行われ ていないように感じられます。今後、産婦人科領域において、よりよい 患者さんの予後及び QOL を高めるために、うつ等の精神疾患に対する 研究とメンタルヘルス専門医との連携が求められてきていると思います。

(2013年「PSYCHIATRIST・Vol.18」より全文掲載)