身体科におけるうつスクリーニング検査&研修・臨床研究ソフト 身体疾患患者精神的支援ストラテジー

がん領域

独立行政法人 国立がん研究センター東病院
臨床開発センター精神腫瘍学開発分野ユニット長
小川 朝生

(略)

2. がん患者と心理・社会的問題

(略)臨床においては、精神腫瘍学は、生命を危機に陥れる「がん」という疾患に罹患し、その診断・告知を受ける時から治療期、終末期まで、患者とその家族を一貫してケア・サポートすることを実践しています。一方、研究の面では「がんが患者や家族、医療者に与える心理的影響を明らかにし、QOL向上を目指した介入方法を開発する」ことと、「がんの罹患や生存に関与する心理・社会・行動学的因子を明らかにし、適切な介入法を開発する」ことを目指しています。(略)

3. がん患者への支援

a. コミュニケーション

がん医療においては、がんの告知に始まり、治療方針の選択や再発の告知、積極的な抗がん治療の中止など生命や生活に直結する重要な場面があります。各々の場面において、患者・医師間の円滑な意思疎通を図り、感情に配慮した情報の交換をおこなうことが必要になります。このようながんの診断告知や治療の中止の決定などはBad news(悪い知らせ)と呼ばれ、「患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせ」と定義されます。悪い知らせは受け手にとっても伝える側にとっても非常な心理的苦痛を伴います。(略)たとえば、抑うつ状態と密接に関連する自殺行動は、告知後3〜5ヵ月に限ると健常人と比べて4.3倍にものぼります3)。患者の理解や適応を促すためには、告知にあたり患者の認識に配慮した適切な伝え方、良好なコミュニケーションが不可欠です4)。(略)

b. 精神症状への対応

1) 抑うつ状態

抗がん治療全般をとおして、様々な精神症状が出現します。がん患者のおよそ30〜40%になんらかの精神医学的問題が認められます。特に頻度の高い疾患は、せん妄と大うつ病、適応障害です9)。抑うつ状態はがん種にかかわらずあらゆる時期に出現します。わが国の有病率調査では、大うつ病は5〜15%で、適応障害が4〜35%でした。

がん医療において抑うつ状態の診断・治療の重要性が繰り返し指摘される背景には、いくつかの原因が挙げられます。

a) 抑うつ状態が一般的であるにもかかわらず、よく見落とされること

がん患者の場合、身体治療中であることから、患者自身も医療者も抑うつ状態に伴う身体症状をがんに付随する症状や治療に伴う有害事象としてとらえてしまい、抑うつ状態が見落とされることが知られています10)。また、抑うつ状態は喪失体験にともなう心理的反応にともなって出現することが多いです。そのため、「喪失体験があるならば、抑うつ状態に陥って当然である」といった医療者側の知識不足による過小評価、医療者が精神症状の評価をためらうことにより、抑うつ状態が見落とされ、誤った診断・対応をされがちです11)

b) QOLの低下を招くこと

抑うつ症状自体がQuality of Lifeの低下を招くと同時に、無価値感や自責感により積極的抗がん治療を拒否することを通して、身体治療にも影響します12)。また、患者が抑うつ状態であること自体が家族の精神的苦痛を悪化させます。これらの多方面にわたる影響は適切な治療により対応可能です。

c) 器質的な原因が重畳すること

がん患者の抑うつ状態の背景を評価する際に、ストレス因子との関連に注意が向きがちですが、同時に原疾患による脳転移やparaneoplastic syndrome、高カルシウム血症、医原的な要因の強い薬剤性(ステロイドやinterferon、抗悪性腫瘍薬、降圧薬)や全脳照射も抑うつ状態を引き起こします。抑うつ状態を評価するときには、治療内容の変化との時間関係、治療効果、今後の治療計画を総合的に評価することが必要です。

d) 疼痛との関連

抑うつ症状は、疼痛が適切に緩和されていない場合に生じることが示されています。疼痛が緩和されないために、生きる価値がないと感じ、希死念慮を生じることがあります。除痛が図れることで抑うつを軽減することができるため、精神症状のみならず身体症状の評価も同時に行うことが必要です。

e) 自殺

がん患者の自殺率は一般人口に比べて約1.8倍高いとの報告があります。がん患者が訴える自殺企図や希死念慮の背景には、抑うつ状態や疼痛、進行がんであること、診断から3〜6ヵ月以内であること、貧弱なソーシャルサポートがあることが指摘されています。特に絶望感は抑うつ状態とは独立した要因です。自殺を予防するために、たとえば進行がんの初回治療時から精神症状緩和をはじめ身体症状緩和、ソーシャルサポートの構築など包括的な支援が必要です。

f) 高齢がん患者の抑うつ状態

加齢は発がんのリスクであると同時に、うつ病や自殺のリスク因子でもあります。高齢者の抑うつ状態は、若年者と異なり抑うつ気分を自覚することが少なく、代わりに興味の喪失や認知機能の低下(記憶力の低下、集中困難)、身体不定愁訴を訴えることが多いです。高齢者の場合、身体症状の評価においては、常に背景に抑うつ状態があることを意識した評価が重要です。

2) スクリーニング

前述したように臨床的な問題として、主治医や看護師など多忙なプライマリーチームは抑うつ状態を見落としがちであることから、NCCNガイドラインではがん患者全員に対して精神症状のスクリーニングを実施することが推奨されています2)。がん患者は身体的にも重篤であることが多く、患者の負担に配慮した簡便なスクリーニングが望まれます。患者の負担を軽減するために、VAS (Visual Analog Scale)やツークエスチョンインタビュー(two question interview)、つらさと支障の寒暖計、PHQ-2、PHQ-9などが用いられます。わたしたちのグループでも、病棟入院患者全員に病棟看護師がスクリーニングをおこない、カットオフ値以上の場合には精神腫瘍医の診察を推奨する診療体制を整えたところ、受診率が向上した結果が得られました13)。(略)

4) 今後に向けての課題

現在のがん臨床において最も問題となっているのは、多忙な臨床現場において有効な精神症状緩和を図るためのシステムを構築することです。英国の厚生労働省にあたるNICE (National Institute for Health and Clinical Excellence)は、「緩和ケア専門職だけでは心理的な症状はしばしば同定されず、患者は心理社会的支援サービスへのアクセスが不十分である」との反省にたち、精神症状緩和を介入レベルに従って分類し、プライマリチームから専門家の介入まで4段階を設定しました15)。日本においても、がん対策推進基本計画に基づく10万人の医師を対象とした緩和医療研修やがんプロフェッショナル養成プランが計画されています。人材の育成を含め、サイコオンコロジーのより一層の普及・啓発が望まれます。

同時に求められるのが、専門家へのアクセスを確保したシステムの構築です。具体的には、的確に精神心理的問題を同定し、必要な場合に専門家へ紹介するスクリーニングシステムになります。(略)「身体科におけるうつスクリーニング検査&研修・臨床研究ソフト」は、外来・入院において、患者に負担をかけることなく精神症状をスクリーニングすることが可能です。特に注目したいのは、医療者に負担がかからないことであり、忙しい外来においても、診察前の待ち時間に実施する事が十分に可能です。たとえば、定期受診時に本ソフトを使用してPHQ-9を実施する事で、スクリーニング並びに経時的変化を追うことも可能です。もしも何らかの精神的負担があると疑われる場合には、ソフトの結果に基づいて問診を進めればよく、「何を尋ねてよいのか分からない」という医療者の心理的負担を軽減することもできるでしょう。がん治療と一体となった精神心理的ケアが、今後一層普及するきっかけとなることを願っています。

文献

  • 2) Distress Management, NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. (http://www.nccn.org)
  • 3) Tanaka H, Tsukauma H, Masaoka T, et al: Suicide risk among cancer patients: experience at one medical center in Japan, 1978-1994. Jpn J Cancer Res 90:812-817, 1999.
  • 4) Ramirez AJ, Graham J, Richards MA et al: Mental health of hospital consultants: the effects of stress and satisfaction at work. Lancet 347:724-728, 1996.
  • 9) Derogatis LR: The prevalence of psychiatric disorders among cancer patients. JAMA 249:751-757, 1983.
  • 10) Wilson G, 他:緩和ケアにおけるうつ病の診断とマネージメント. 緩和医療における精神医学ハンドブック,内富庸介監訳,初版,星和書店,東京,2001,pp29-53.
  • 11) Passik SD, Dugan W, McDonald MW, et al: J Clin Oncol, Oncologistユ recognition of depression in their patients with cancer, 16; 1594-1600, 1998.
  • 12) Block SD: Ann Intern Med, Assessing and managing depression in the terminally ill patient. ACP-ASIM End-of-life Care Consensus Panel. American College of Physicians-American Society of Internal Medicine, 132:209-218, 2000.
  • 13) Shimizu K, Akechi T, Okamura M, et al: Usefulness of the nurse-assisted screening and psychiatric referral program. Cancer 103:949-956, 2005.
  • 15) National Institute for Clinical Excellence: Cancer Service Guidance Improving Supportive and Palliative Care for Adults with Cancer. (http://www.nice.org.uk)

(冊子「身体疾患患者精神的支援ストラテジー」から抜粋)